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県立広島病院(平成23(2011)年4月1日現在)
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地域医療とがん診療とのつながり
県立広島病院 臨床腫瘍科 山内理海(やまうちまさみ)先生
先日の外来で,若い膵がん患者さんと話していたときのことです。一年余り続けたがん化学療法が次第に有効性を失い,副作用ばかりが目立ち始めていました。これまでの闘病生活,家族への愛情,やり残した仕事への思い,体力の残っているうちに自宅近くに療養環境を移したいという気持ちなどを,落ち着いてかみしめるように話されます。そして,その日,化学療法を終了する決意をされたのです。私は,その重要な決断への敬意で胸がいっぱいになって,涙が止まりません。しばらくの沈黙があり,ぼやけた電子カルテの画面を眺めながら,これまでに関わった印象深い患者さん達のことを思い出していました。
3年目で配属された地域中核病院は,目の回るような忙しい職場でした。外来,検査,連日の救急当番に追われる中,一人の大腸がん・多発肝転移の50代女性を担当しました。
最新化学療法についてPubMed検索すると,FOLFOX療法やカペシタビン療法などたくさんのレジメンがヒットしますが,当時の我が国では実施できない治療ばかりで,海外とのレベルの差を痛感します。悔しい思いで,可能な化学療法と支持療法によって1年数か月を切り抜けながらも,常に患者さんへの後ろめたさを感じていました。そんな私に,黄疸で亡くなる数日前の病室で,打ち明けてくれた言葉が忘れられません。「親戚には,遠くてもいいから大学病院に変われと何度も言われていたけれど,断わったんよ。身近な病院で診てもらえて本当によかった。」と何度も手を握ってくださりました。
5年目に異動した診療所では,茅葺きの古屋敷に暮らす消化管膣瘻を合併した末期がんの老女を訪問診療していました。晩夏の午後の往診時間には,いつも激しい雷を伴った夕立が降っていたことをよく覚えています。陰部の清潔ケアに加えて,呼吸苦への対応が必要となり,おばあさんは自宅で過ごせるギリギリの身体状況です。ひととおりの処置を終えて玄関を出ると,身を粉にして介護をしているお嫁さんが傘をさして私たちを送ってくれます。「本当にこれでいいのでしょうか,家族の偽善になっているのでは?」と,いつも悩みながら問いかけてくるお嫁さんに,充分に答える技量も経験も持ち合わせていない私は,精一杯の自分の考えを伝えました。村の秋祭りが近づき,遅くまで霧雨が続いた夜,眠るように安らかな最期を迎えたとの電話があり,看護師でもある妻と一緒に出向いて,お体をきれいに拭きました。
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[後列右端が筆者] |
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