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女性医師インタビュー(復職研修: 指導医 中尾 三和子 先生 受講医師 蜂須賀 瑠美子 先生)

ひろしまで活躍する医師の、生の声をご紹介!女性医師インタビュー

ママだけでなく、
全ての女性医師の就業環境を考える

県立広島病院 副院長
麻酔科主任部長
中尾 三和子 先生

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4年のブランクと試練を乗り越えて、
麻酔科医に復帰

広島大学病院
麻酔科
蜂須賀 瑠美子 先生

プロフィール

広島県出身

2005年
香川大学医学部医学科卒業
2005~2007年
県立広島病院 初期研修
2007~2008年
県立広島病院 麻酔科研修医
2009年
結婚、麻酔科標榜医取得
第一子の産休・育休後、夫の転勤に伴い退職し、専業主婦に
2012年
第二子出産
2013年
県立広島病院麻酔科 非常勤として週2回勤務
2014年
広島大学病院麻酔科入局、非常勤として週3回勤務

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蜂須賀先生が、仕事を約4年間お休みされた経緯を教えください。

蜂須賀先生:大学卒業後、初期研修の時からずっと県病院にお世話になっていました。第一子の産休・育休を取得した後、そのまま夫の転勤で一緒について行くことになったので、県病院を退職。広島に帰ってくるまでの約4年間は、専業主婦として、育児や家事に専念していました。当時は土地勘もない知り合いもいない街で、初めての育児をしていたので、他に何かを始める余裕はなかったですね。でも少しずつ育児にも慣れて生活も落ち着いてくると、やはり「私はこのままでいいのだろうか」と思うことも増えていきました。ただその頃は「どうしたらいいのか分からなかった」というのが正直なところです。医局に所属していなかったこともあり、新しい職場に入るという一歩を踏み出す勇気もなく、小さな赤ちゃんを保育園や託児所に預けることにも抵抗を感じていました。

2013年に復職されたきっかけは、どのようなことでしたか。

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蜂須賀先生:上の子が3歳で、下の子が1歳になる前に広島に帰ってきました。上の子が幼稚園に入ったことで、「子どもは私が見なきゃ」という頑なな思いが、少し和らいできたのだと思います。他のお子さんや色々な人と関わることは、子どもにとってもいいことだなと感じ始めていました。そんな時に、かつての上司だった中尾先生と再会したんです。それまで抑えていた「私はこのままでいいのだろうか」という気持ちが湧き上がってきて、「なんとかしたい」と相談させていただきました。中尾先生の「週に1回でも2回でもいいから、何時からでも構わないから、とりあえず県病院に来てみたら」という言葉に背中を押されましたね。

中尾先生は、その時どのようなお気持ちだったのでしょうか。

中尾先生:私自身も子育てをしましたので、最初は保育園に抵抗を感じてしまう気持ちも、時間の制約が多いこともよく分かりました。また主人の都合で海外に行って、帰国後も研究室に入ったため、4年間くらい臨床の現場から離れた経験もあります。自動車でも、4年も運転してなかったら、いきなり道路には出られないですよね。麻酔科医も手技があるので、ブランクがあると前と同じようにできるのか、自分に乗り越えられるのだろうかという不安は大きいと思います。ただ、やってみたら体が覚えているものですから、ちょっとずつ慣れていけばいいと思ったんですね。とは言いましても、蜂須賀先生は麻酔科の標榜医を取っていたこともあり、全く心配していませんでしたよ。

復職研修とは、どのようなものなのですか?

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中尾先生:蜂須賀先生に来てもらった時は、研修体制が整っていたわけではないのですが、県病院の麻酔科では段階を踏んで、時間も短く、簡単なことから始めてもらいました。ただその後、他の診療科にもアンケートを取ったところ、段階を追ってという科は少ないようですね。ほとんどの科がオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)です。日数や時間は少ないとしても、他のドクターと同じことをやってもらい、非常勤医師として勤務してもらいます。実際に現場に立った方が、仕事のコツや勘をつかみやすいのではないかという考えなので、外来であれば患者さんと話をして診療をすることで感覚を取り戻し、手術のある診療科であれば、手術をする数名の医師の中の1人として、比較的簡単な役から復帰していくということになります。

蜂須賀先生ご自身は、研修中はどのような思いでしたか?

蜂須賀先生:最初は週に2回、9時半~14時でスタートしました。とにかく不安でいっぱいでしたね。中尾先生が仰ったように、やってみれば体が覚えていることもありました。けれど少し難易度が高くなると思うようにできなくて、その度に落ち込んでいました。でもできないことがすごく悔しくて、絶対にできるようになりたいと、改めて復職への気持ちが強くなったと思います。

お子さんはどうされたのですか?

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蜂須賀先生:1歳だった下の子は保育園に預けていました。けれど、最初の頃は保育園に行っては風邪をもらってくるんです。そして私までもらってしまって、なんのために保育園に行かせているのか分からないという悪循環。これは女性医師の多くの方が経験されていることですが、泥沼から抜け出せないような時期もありました。振り返ってみると、最初の1年は、病院では手技ができなくて落ち込み、家では子どもが風邪で寝込むという、長い試練の日々だったかもしれないですね。結局、知り合いから信頼できるベビーシッターの会社を紹介してもらい、いい方に出会えたので、保育園とシッターさんの併用で、なんとか乗り切ることができました。

現在の勤務について教えて下さい。

蜂須賀先生:現在は大学病院で週4回勤務しています。日によってお昼までとか15時までといった感じで、フレキシブルな働き方をさせて頂いております。また私の希望で、手術のための麻酔だけでなく、外来で痛みの治療にあたるペインクリニックもさせてもらえるようになりました。それぞれの家庭の事情や希望を考慮してもらえる理解のある職場なので、非常にありがたいと感じています。

ママさん医師の先輩として、後輩に伝えたいことはありますか。

蜂須賀先生:私もそうだったので「子どもと一緒にいたい」という気持ちはよく分かりますし、とても大切なことだと思います。けれど、完全にやめてしまうと復帰のハードルが本当に高くなります。何年も完全に離れてしまうのではなく、週にほんの何時間かでも続けていくことができれば、随分違うのではないでしょうか。専業主婦だった時より今のほうが、子どもも私も笑顔が増えたように思います。もちろん時間に追われて大変なこともありますが、一緒にいられる時間が短くなった分、その時間を大切にするようになったのかもしれません。子どもたちが仕事を応援してくれることは、すごく励みになっています。

女性医師の働き方についてどのようにお考えですか?

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蜂須賀先生:私自身は本当はもっと働きたいですし、やればやるほど「もっと」という気持ちが強くなります。それに、ずっとフルタイムで働いてきた同年代の医師の活躍を見ると、自分と比べてしまって焦ることもありました。しかし今は、自分なりにステップアップしていくしかないと考えるようになりました。子どもたちが大きくなって、安心してフルタイムに復帰できるようになったら、次の世代の女性医師をしっかりと支えられるよう、医師としても人間としても成長し続けたいと思います。

中尾先生:ママさんに限らず、あらゆる女性医師の就業環境について考えなければならないと思います。女性医師の中にはママさんじゃない方もたくさんいらっしゃいます。その方たちが、ママさんをフォローしているということも見過ごしてほしくないですね。子どもが大きくなってもいつまでも「ママ」という立場で非常勤を続けるのではなく、働けるようになったらしっかり復帰して、研究したり発表したりということもしていただきたい。そして自分がサポートしてもらったことを、次の世代にお返ししてもらえるといいですね。


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